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- ファイナルハロン用語集 さ行 -
1)ミラノボウルで行われた、FF2の自主イベント(とはいえお店の協力なくしては実現できなかった)。 総勢19名の参加者が1対1でレースを行う総当たりのリーグ戦。競馬ゲームというよりプロレスの試合の 感覚で対戦する極めて特殊な大会であるが、参加者のテンションは常に高かった。当初1回10レース前後で 3〜4ヶ月かけて開催する予定であったが、ミラノボウル内ゲームコーナーの閉店により期間が短縮。 2000年12月で終了した。結果的に総当たりは実現できなかったが、名勝負も多く、自主イベントとしては 空前の盛り上がりを見せた。試合の記録は「 FFF 」で見ることが出来る。
- ファイナルハロン用語集 は行 -
ミラノ公式戦における、2000年秋のG1レースの優勝者に送られるもの。プライズゲーム用景品のギャロップレーサーのルームライト(透明な樹脂製のサラブレッド像で、ライトアップ可能)を基に店員(当時)のこばやし氏がプレートをつけてトロフィー化。非常に好評で参加者の羨望の的となった。
- ファイナルハロン用語集 ま行 -
新宿歌舞伎町にあるボウリング場。5Fに併設されたゲームコーナーにFF2の筐体があり、プレイマックスから引き継ぐ形で公式戦シリーズが開催された。2000年の秋に8台並び筐体に増設。おそらく世界最後の8台筐体 であったろう。公式戦の他、空前の盛り上がりを見せた自主イベント「ジャイアントシリーズ」も開催される等FFの聖地のひとつであったが、残念ながら2000年12月をもってナムコのゲームコーナー自体が閉店となってしまった。現在は別経営主体のゲームコーナーが入り、FFの4台筐体が稼働している。
- ファイナルハロン用語集 英数 -
Electrical Jockeys' Club Cup の略。ネット上で知り合った、関東のファイナルハロンファン中心の非公式大会(自主開催)。'98年の3月より 不定期に4回行われた。脚質のクジ引き抽選、勝てないと順位に応じて減点など、変則ルールを採用しており、 乗り手の自在性、堅実性、さらにはクジ運までもが問われるという、通好みの大会である。公式戦が少なかった 初期の関東ファン交流に非常に大きな意義を持っていた大会で、関西公式戦と並んで現在のFFファンダム(?) の基礎を築いたと言っても過言ではない。公式戦が充実してきた'98年の後半で一応その役目を終え、以降では 2000年正月に「金杯」が開催された程度にとどまっている。 →EJC
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*2000年
- 堀木 -
当サイトの管理人。現役では最高齢の部類に入る39歳。一見、安定したジリ脚タイプに見えるが、実際にはキレやすく、ムラ気満載。そのためか、過去には思わぬところでG1制覇も。 ただし2000年以降は成績的には中堅にとどまり、2001年5月の第10回後楽園大会を最後に現役を引退した。 当サイトの運営などバックアップ活動が中心。(文責:堀木)